強気の姿勢で臨むミキシング

クリス・ロード・アルジ独占インタビュー

世界的に有名なミキサー/プロデューサーであるクリス・ロード・アルジが、Audiofanzine との独占インタビューを承諾してくれた。これまでグリーン・デイ、パラモア、デフトーンズ、マドンナ、ティナ・ターナー、ジェームス・ブラウンらを手がけてきた氏自らが、(カリフォルニア州)ターザナにある自身のスタジオより仕事の方法論および倫理観を共有してくれた。それではミキシング・マスターの発言に耳を傾けてみよう。

始まり

こんにちは、クリス。あなたは今誰の作品を手掛けているのですか?

今はちょうどシャインダウンというバンドのアルバムの最終仕上げをしているところさ。シングルはすでにラジオに送られていて、これからアルバムが出るんだ。シャインダウンの前は、ちょうどブルース・スプリングスティーンのミックスをやり終えたところなんだよ。ボブ・クリアマウンテンとの共同ミックスといった形だけどね。ボブが一人でミックスしたんだが、ブルースが数曲のミックスを俺にやって欲しいと言ってきてね。つい昨晩そのボブと夕食を共にしたんだが、その件で二人で大いに笑ってきたところさ。

エンジニア同士で良い関係を築いているのですね。あなたのキャリアの始まりまで遡りたいのですが、一体どのようにしてこの職種について、どうして現在もこの仕事を続けているのですか?そして、一体何に突き動かされてサウンド・エンジニア、特にミキシング・エンジニアになろうと思ったのですか?

オレの母親がバンドを組んでいたんだ。母はジャズ・ミュージシャンで、音楽理論の先生でもあった。よく家の中で自分のジャズ・トリオの練習をしてたんだよ。オレは 12 歳にして毎日自分の家でテープレコーダーに小さなミキサー、数本のマイクを使ったミュージシャンのリハーサルを目にしていたんだ。彼らがライブで外出すると、そのすきを狙っては自分で機材を地下室に持って行き色々と実験してたのさ。

音楽一家だったのですか?

その通り。母親はミュージシャン、オレもミュージシャン、ガキの頃からこういうことがやりたかったんだよ。いじって遊べる機材も身近にあったし、楽しい始まり方だね。12 歳の頃にはもう自分のバンドもあって、家にあった機材で録音をしてみるようになったんだ。その頃オレはキーボードを弾いていたな。それからドラムに乗り換えたんだ。バンドの弱点をオレが穴埋めしてた感じだね。

師匠として師事できるような人物はいましたか?家族以外であなたに機材の扱い方を教えたり、あなたの意欲をかき立てたり。

もちろんだよ!それからどうなったかと言うと、オレが本当に音楽の道に進みたいというのを知った母親が、オレを近くのスタジオに仕事の面接のために連れて行ったんだ。それでスティーヴ・ジェローム(グランドマスター・フラッシュ、ボビー O、ペット・ショップ・ボーイズ、NDA)の下、H&L Records で働くようになったんだ。パシリ、アシスタントとして週 50 ドルで雇ってもらったんだよ。便所掃除、お茶入れ、コーヒー入れ、トラックシートの作成なんかから始めて、ようやくアシスタントの立場になり、それからスティーヴ・ジェロームがオレを鍛えてくれたんだ。だから、彼が当時のオレの師匠ということになるね。13~14 歳の頃は、彼が仕事のコツや、その後のオレの人生に深く刻まれることになる訓練方法などを教えてくれたんだ。

その後 Unique Sound スタジオへ?

それはちょっと話が飛び過ぎだね。オレはスティーヴ、ヒューゴ、ルイージと共に何年も同じスタジオにいたんだ。それがある時 Sugar Hill Records に買収されてしまったんだよ。ラップ誕生の時だ。だから、オレはラップの黎明期からシュガー・ヒル・ギャングの『Rapper's Delight』やグランドマスター・フラッシュの『The Message』や『White Lines』を経験してるんだ。あの頃の有名なラップ・レコードはすべてあのスタジオでスティーヴとエリック・ソーングレンが手掛けたものさ。だからオレはすべて見てきてる訳。

スゴい時代ですね!Unique Sound スタジオはもっと後の話ですか?

その頃オレはニューヨークで数人のアーティストを抱えたフリーランスとして働き始めた。その後は、実は仕事を得るために見習いを始めたんだよ。Unique スタジオでアシスタントになるために、ファストフードチェーンで働いたこともあったな。82~83 年頃はニューヨークでも特に最先端でシャレたスタジオだと思ってたからね。それが 87~88 年頃まで続いた。まずアシスタントになり、それからスタッフになり、その後スタジオを引き継ぐ形になり、いくつかのヒットも飛ばして、そこで常時働くようになったんだ。やりたいことをやっていたよ。

パシリから始まってアシスタントに昇進し、それからエンジニアと、とても自然な流れだったんですね。

そうだね。でも、エンジニアからアシスタントの立場にはいつでも戻れるんだ。それは身の程をわきまえるのに役立つ。

あなたのご兄弟二人も同じ業界で仕事をしていますが、ライバル意識はありますか?

シンプルな話さ。オレの兄弟は二人ともオレと一緒に仕事をしていたんだ。ジェフはオレのバンドのライブ・サウンドをやってくれて、トミーの方は照明を担当してくれていた。ジェフは最初にスタジオでオレのアシスタントとしてスタートしたんだ。その後、トミーを説得して、ライブ・サウンドを辞めてオレのアシスタントになるように言ったんだよ。二人ともオレと一緒に仕事を始めて、オレが二人を鍛えあげたのさ。オレがこの業界に引きずり込んだトミーの方は、他のアシスタント希望の連中の目の前で一から徹底的に鍛えてやったんだよ。ということは競争心はないと?そうだね、奴らはオレの兄弟だし、一緒に仕事をしてるからね!(笑)むしろ、「仕事ならたくさんある。お前がこれをやりたきゃやればいい、あれがやりたきゃやればいい」って感じで自分の家族と競争することはないよ。(笑)でも、オレは誰に対してもとても競争心のある態度を見せるけどね。オレのアティチュードはこうだ:「オレは戦わずして退くことはないから、お前もせいぜい最高の一撃をかましてくるんだな」

80 年代に会得して現在でもあなたの仕事に通じる方法論というのはありますか?

それは面白い質問だね。業界ビジネスが変化してしまった理由は、現在のエンジニアがみんな師匠の厳しい訓練のもとで育てあげられていないからなんだ。彼らは ProTools 一式を買い、そしていくつかのプラグインを買う。それを使って音を圧縮したら、それで自分はミキサーだと思ってるんだ。だからといって別にオレがそれに対して怒ってるとか軽蔑してるとかじゃないんだ。便所掃除をして、数千枚のトラックシートを作り、マイクケーブルをまとめて、マイクを片付けて、プロデューサーやアーティストの前で完全に怯えきって、そうしてやっとミキサーの前に座る権利が得られるとオレは思うんだ。オレのやり方が唯一の方法だなんて思ってはいないが、「ミキサーにすらなってないのに、出来るミキサーのつもりをしているヤツ」が大勢いるように思うね。

経験を積めば、それは成果に繋がる。それでも毎日何かしら学んでるものさ。エンジニアになることに関してだけではなく、人としてどうい姿勢を保つか、アーティストとどう接していくか、などね。ミキサーの前で何をしようが、それが快適じゃない限りはまったく意味を成さない。

オレはレコーディングの流れを変えるために、かなり多くのセミナーをやってるんだ。生徒を集めて 3~5 時間、SSL のミキサーを使って彼らを刺激し、彼らにとって意味のある方向に導けるよう講義するんだ。それで誰が刺激を受けるのかを見るんだよ。次の世代の人材を正しい方法で育てようとしてるのさ。オレはそういった角度から仕事をしているよ。

あなたは教育を本当に大切なものだと考えていて、それを広めるために色々なことをされているのですね。あなたは今でも他の人にやり方を見せて鍛えることを非常に大切だと考えているようですが、年にどれぐらいのアシスタントを養成したか覚えていますか?

10 人とか 15 人ぐらいじゃないかな。もう少しいるかもしれない。彼らはオレのところに残るからアシスタントな訳であって、辞めたがってる訳ではないんだ。いや、こう言っておこう、彼らはオレがあまりにも口うるさいから本当は毎晩辞めたがってるんだよ!(笑)うちのアシスタントは世界一さ。彼らは、もう誰も彼らのことをバカに出来ないレベルまで鍛え上げられるし、オレが彼らに自尊心と、地球上のどのアシスタントにも負けないっていうアティチュードを与えてやるんだ。それが心構えだよ。だって、我々が相手にするクライアントは完璧を期待してるんだ。我々が一日 24 時間、作品に神経を注いでいることを期待しているのさ。きつい仕事だよ、自分の生活だってあるわけだしね。オレは 24 時間仕事中だ。一日 24 時間ミックスをしているという意味ではなくて、アーティストは世界中にいてメールなりショートメッセージなりを送ってくるわけだから。うっとおしく思う時だってあるさ。でもミック・ジャガーとかブルース・スプリングスティーン、もしくはデヴィッド・ボウイとか重要な人物が連絡をしてきたら、真剣に話を聞くだろ?そういうもんさ。今自分がワインを飲んでるからとか、どこどこにいるからとか、そんなの関係ないのさ。全然ね。

あなたが最初にミックスをした本当の意味でのヒット作を覚えていますか?スタジオを出て自分自身に「この曲はマジで最高だ」とか「ヒットしそうな気がするぞ」と思った瞬間は?

そうだな、一番古い記憶は、まだオレがスティーヴ・ジェロームのアシスタントをしてる時、グランドマスター・フラッシュの「ザ・メッセージ」って曲のレコーディングとミキシングをしたんだが、あれは彼らの最大のヒット曲になったよ。80年前後のはずさ。あの時はスティーヴがミックスを担当していたんだが、夜の 8 時になったんで彼は家に帰ったんだ。でもバンドはまだスタジオにいて、オレに「おい、ちょっと音いじってみたらどうだ?」ってね。それで自分のバージョンを作ってみたんだよ。実際にリリースされたのがオレのバージョンなのかスティーヴのかは、マスタリング・エンジニアのみが知っている。あれがちょうど分岐点になった感じだ。君がアシスタント・エンジニアなら、エンジニアがいなくなったら、君がエンジニアになるんだ。バンドになにか頼まれたらノーとは言わない。自分で最初にフェーダーを動かしてそれがヒットに繋がったっていうのはそれが初めてだったね。それ以降、自分が手掛けたもので明白なのは、ジェームス・ブラウンの『Living In America"』だね。84 年か 85 年に映画『ロッキー 4』に使われて大ヒットしたんだ。ダン・ハートマンと一緒にエンジニアからミックスまですべてやったよ。7 分あるアルバム・バージョンを 3 分半のシングル・バージョンに編集したことを覚えているよ。ショート・バージョンを手掛けたのはあれが最初だ。

アーティストのビジョンを尊重しつつも、自分なりのサウンドを体現させた最初のミックスを覚えていますか?

オレの特徴的なサウンドは、ボブ・クリアマウンテンが形作ってくれたものなんだ。ボブのミックスを聴いて、最初に気に入ったのはシック (Chic) の「グッド・タイムス」だった。彼がシックの作品を手掛けてたなんてあまり知られてないんだよ。みんな彼はブライアン・アダムスとかブルース・スプリングスティーン、ヒューイ・ルイスやデヴィッド・ボウイをやった人だと思ってるんだけど、彼が昔手掛けた作品の中にも素晴らしいものがあるなんて知らないんだ。オレも当時はまったく知らなかったしね。オレはむしろ彼の手掛けたロック作品に興味があった。オレには、彼のドラムサウンドが特徴的だったんだ。そのドラムサウンドとヴォーカルこそがオレが追い求めていたものだった。当時は、ボブと同じレベルになること、同じ土俵で自分も勝負できるようになること、それしか考えてなかった。ボブみたいになれるよういつも努力していたよ。「ボブみたいに」。オレにはそれしかなかったね。(笑)おかしな話でさ、昨晩彼と一緒に食事をしていたんだが、今ではお互いを褒め合うんだよ。彼が言うんだ、「お前ほど忙しかったら、好きな仕事だけ厳選できるだろうに。」ってね。だから言ってやったさ、「オレはあなたに負けないように頑張ってるだけだよ。毎日喜んでローリング・ストーンズやスプリングスティーンを手掛けてるのはあなたの方じゃないか!」ってね。特徴のあるサウンドってのは、自分がそれをどう聴きたいかに左右される訳であって、初期のヒップホップ作品で、ドラムが実際そうあるべき音量よりラウドになっているのはそのためなんだ。

あなたの特徴的なサウンドを考えた時、最初に思いつくのはドラムの音量を上げることですか?

自分自身がドラマーだったから、ドラムが一番前で聴こえてくるんだよ。オレの昔のミックスのいくつかは間違いなくドラムが前面に押し出されているね。今でもほとんどがそうさ、ドラムがかなり前に出ている。

今じゃアーティストもドでかいドラムサウンドが大好きですもんね!それでは次に、あなたの仕事の技術的な側面を訊かせてください。

テクニック

あなたはもう長いことターザナにあるかつての Can Am スタジオで仕事をされていますが、『SSL 4000』の他にも、このスタジオに移る理由はあったのですか?

論理的な理由があってこうなったんだ。オレはターザナに住んでいて、仕事のためにバーバンクやハリウッドまで通勤していた。自分のスタジオは所有しておらず、誰か他の人のスタジオで作業をしていたんだ。でも、毎日の通勤やら渋滞のせいで家に帰れなかったりってことが重なってね。Can Am スタジオでは 90 年代に何度か仕事をしたことがあるんだ。ダム・ヤンキーズとジョン・ウェットン(エイジア、キング・クリムゾン)の作品を 90 年とか 91 年にミックスしている。ある時、このスタジオがまだあるかどうか車で見に来た。そしたら案の定、悲惨な状況になってて、新たな所有者を探している状態だった。だからその時の所有者と話をして、「このスタジオに興味があるんだけど」って言ったんだ。最初は、所有者から部屋を賃貸する形で使ってたんだが、ある日こう思ったんだ、「このスタジオはもう借りない。オレが買う。こいつ(所有者)を追い出してやろう」ってね。数日後に、賃貸じゃうまく行かないから、全部オレに譲ってくれ、って伝えたのさ。どうにでもなれ!って気持ちでね。 まずはスタジオ B の方を引き取って、スタジオ A の方も買うチャンスが訪れた瞬間にすぐ購入したよ。他にも購入に興味のあった人が数人いたけど、オレが強引に自分のものにしたんだ。オレのビジネス・マネージャーがこう言ってたよ。「お前が(このスタジオを)どうするかなんか気にしない。とにかくスタジオを引き取るぞ。」ってね。両方のスタジオが必ずしも必要だった訳ではないんだが、スタジオ施設そのものを自分のものにして完全に自分でコントロールできるようにする必要があった。最高なのは、オレが欲しかったコンソールがすでに備えられていたことさ。 大満足だよ。

あなたは今でもミックスの際に『PCM3348』テープマシンを使っているとどこかで読んだのですが、それを使う過程と理由を少し教えていただけますか?

もちろん。昨晩もボブがくすくす笑っていたんだ。彼はもう 5~6 年前からテープマシンを使わなくなったからね。2008 年にテープの生産も終了してしまったんだよ。オレにとっては最高のフォーマットさ。曲をマルチトラックで一旦テープに記録したら、もう形式が変わらないんだからね。だから新たにセッションを作成する必要がない。ハードドライブのクラッシュを心配することもない、テープに収まっていて、しかもデジタルだ。テープマシンの音も気に入ってるし、ProTools からすべて転送することもできる。 音質の良さが常に一番の理由だが、それだけじゃなくて、次にまた作業するとしてもすべてが前回終了時とまったく同じ状態のまま残されている。オレのワークフローも乱れることがない。オレが一曲目をミックスしてる間にアシスタントが次の曲を用意してくれているからね。古臭く聞こえるが、そういうわけでもないんだ。音質は素晴らしいよ。オレはまだ未使用のテープをたくさん持っているんだ。半永久的には保たないが、オレは今だにテープのすべてが気に入ってる。

次の質問にも繋がって行くんですが、テープは 48 トラックで、クライアントからは ProTools のセッションが届き、アシスタントがそれを 48 トラックに収まるようにプリミックスするわけですよね。例えば、ストリングのステム音源に気に入らない部分があって、それをやり直したい場合はどうしているんですか?

それは簡単だよ。すでにテープに載ってるものに変更を加えたい場合は、セッションを開いて、必要な部分を変更したらパンチインするだけさ。ブリッジにもっと高音のストリングスを入れて、低音を外したい場合、ProTools のセッションでその部分を手直しして、テープにパンチインするだけだ。200 トラックある曲だって、コンパイルしまくらなくてもきれいにまとまるものなんだ。ペアのトラックをひとつにまとめるのを繰り返せばいいんだからね。俺たちは妥協せずにマスターテープにコンパイルするのが上手だから、単なるステム音源にはならないんだ。それにオリジナルのセッションだって手元に残ってる訳だし。展開したくなってもまったく問題なく作業ができる。

かなり早い段階でミキシングの決断ができるわけですね。

その通り。何をどのように進めるにしても対処可能だからね。

モニターは何をお使いですか?

今でも 3 セットのモニターを使っているよ。80 年代からのカバー付き『NS10』にオリジナルの Yamaha『PC-2002M』パワーアンプ、サブウーファーが Infinity『BU-2』だ。それからサブが二つついた M&K の最高級パワード・スピーカーに、ソニーの『ZS-M1』ラジカセ。後者はラックに入っていて、コンソールから直接フィードできるようにしてある。この 3 つのモニターを使い分けるだけで十分さ。

モニター・コントローラーは使っていますか?それともすべて SSL から操作しているのですか?

すべてコンソールに組み込んであるんだ。一つは A/B モニター、一つはミニ、それにラージ・モニターとね。ラジカセは基本的にスタジオスピーカーの雰囲気をコントロールするものだからバスから抜いてるんだ。

あなたが Waves と共同開発したプラグインについてですが、このアイディアが生まれた経緯とプラグイン完成までの過程を教えてください。

それは彼らが SSL E チャンネル・ストリップをプラグインで出した時に始まった話だね。このチャンネル・ストリップはオレが 30 年来、いや SSL が登場して以来ずっと使ってきたものなんだ。彼らがオレのところにやって来てこう言ったんだ。「このプラグインを聴いてみて感想を教えてくれないか?」ってね。それで最高の内容になるよう改良を手伝ったんだ。Waves の中で一番人気のプラグインになったよ。本当にシンプルだし、オレが完全に把握してる機能でもあるから、オレは今だにこのプラグインを使っている。最初は SSL をエミュレートすることから始まったんだ。オレがプリセットを作ったんだけど、その後「オレの 1176 と LA3A と LA2 もエミュレートしよう、毎日使ってるんだ。」ってことになってね。それで CLA76、LA3、LA2 などが出来たという訳さ。彼らはオレの持ってるオリジナル機をテルアビブに持って行って何ヶ月にも渡って検証し、十分な歪みが得られるまで何度も意見を交わし合ったんだ。結果にはとても満足してるよ。それが完成してからは「自分のプラグインをデザインしてみなよ!」ってことになってね。ある晩、Waves のプロダクト・マネージャーの Mike Fradis と一緒にステーキハウスに食事に行って、文字通りナプキンの上に GUI デザインを描いたんだ。小さなミキシングボードにボタンを載せただけのもので、ユーザーが簡単に使えるようなものをね。

私は CLA Bass や Vocal を使っていますが、本当に素晴らしいですね。あなたが頻繁に使うリバーブやディレイ、リバーブのプリセット、ヴォイス・ダブラーなどが含まれていますが、これは自分でよく使うチェインをどこでも使えるようにという考えからですか?

オレがそれで成し遂げたかったことは、新しいユーザーがプラグインを買ったら、オレのシグネイチャー・プラグインだけですべてが済むようにしたかった。必要なのは実際それだけなんだよ。すべて入ってるんだからね。センドやリターンの設定なんかだんだん面倒になってくるんだ。そうだろ?センドリターンの設定が複雑なのはオレも知っている。でもこのプラグインなら何にでも簡単に挿せる。EQ だってコンプレッサーだってゲインだってプリアンプだって、すべてが一つのプラグインに収められているんだ。 もう少しディテールが欲しければ、他のディレイ・プラグインを使えば良い話だ。オレのプラグインは、それでミキシングの 80~90% がこなせるように作られている。

ProTools セッションではネイティブのプラグインも使うのですか?

もちろん。何かエフェクトが欲しければ自分のプラグインを使っているよ。

つまりあなたとアシスタントがミキシング前に ProTools で必要なプラグインを挿し、その後すべてを 3348 に移し、あなたがそこから SSL とアウトボードで作業を進めると。

その通りだ!

ということは、あなたとアシスタントは緻密に手を取り合って一緒に作業をしていく訳ですね。あなたの仕事の穴埋めをしっかりとしてくれていると。 あなたが作業している最中、彼らはあなたにとって非常に重要な存在ですが、ステムのミックスをさせるとなるとしっかりした腕がないといけませんよね。

あぁ、もちろんだ。一番大切なのは、クライアントがスタジオに来て、色々とサウンドを試したい時さ。ヴォーカルをいじってみたり、編集してみたり、バックグラウンド音楽を試してみたり。そういう時は、アシスタントが耳をそばだてていて、すぐにそれを実行し、パンチインしてくれるんだ。

1176 や LA3A といったあなたが使っているアウトボードは、同じデスクチャンネルにインサートされっぱなしになっていて、同じようなトラックシートが 3348 テープにあって、例えばドラムがトラック 1 から 10 まであってベース、ギター、と続いていく感じですか?毎回ほぼ同じワークフローで作業を進めるのでしょうか?

そうだね。一番重要なのは、曲を活かすことだ。どのパートがどこから来ているのか分からないと作業が苦痛になる。ミックスし難くなってくるんだ。そういった頭痛の種を取り除いて、楽曲に集中する。ドラムをいじる時も、いつも同じフェーダーだ。毎回同じサウンドにはならないが、いじる場所は同じだ。料理人だって自分の台所では何がどこにあるのかすべて把握している。真新しい料理を作ろうと思っても、必要な道具は同じ場所にある。出来上がる内容がいつものと違っているだけだ。そういう考え方だ。

楽器の話に少し戻りますが、基本的なロックの楽器用としてはどんなものを使っていますか?ドラム、ベース、ギター、キーボードなど。例えばドラムにはどのアウトボードを頻繁に使いますか?

最初にすることは、フェーダーをすべて上げて、楽曲がどのように配置されているかを知ることだ。ドラムトラックをすべてソロにしたら、まずコンプレッションを外して音量バランスを取る。 それから、ドラムを活き活きとさせるためにどんなサンプルを加える必要があるかを考えるんだ。それでコンプなしでもいけるかどうかチェックする。他の楽器を加えてみて、それでもドラムが十分鳴ってない場合は、オーバーヘッドにコンプをかけよう、とか、このルーム・トラックにコンプをかけよう、ってことになる。なんでもかんでもにコンプをかけて音源を損なわないように努めてるんだ。さもないとすべてが後ろに引っ込んで、こもって聴こえてしまうからね。まずは何も手を加えずに作業を初めて、少しずつ加えていく。大抵はルーム・エフェクトやリバーブをどれぐらい加えるか、だね。6 種のリバーブがあるから、それを交互に試して聴いてみるんだ。「このスネアにはこのリバーブを使おう」とかいうのではなくて、むしろ「ドラムにはこの 4 つのリバーブを使ってみよう」とか「一つのセンドに 6 つリバーブをかけてみよう」とか、そういう感じさ。オレは合わせて 14 種類の異なるリバーブ設定を使ってるんだが、そのそれぞれのリターンを上げてみて、これはサビに使うとバランスが良い、とか、むしろブリッジに使おう、とか、そういう風に決めてるんだ。決まりなんかないよ。でもデジタル・リバーブも典型的なアナログコンプも EQ もコンソール上で使っている。キックとスネアには Pultec の EQ も役立つしね。間違いなくオールドスクールなテクニックの一つさ。

リバーブの話になりましたが、あなたの一番お気に入りのリバーブは?

オレのお気に入りは『EMT246』、Yamaha『Rev1』、Sony『DRE2000』、それに『EMT252』だね。オレが使ってる Lexicon は『224』と『480』のモデルだけど、どちらも特徴的な音がする。他にも Bricasti『M7』のような新しい製品もあるが、オレが使っている新しいリバーブ製品といったらこれぐらいだろうな。他にも AMS リバーブ、それに厳密にはリバーブじゃないが Ursa Major Space Station もあるね。他にも Eventide『SP2016』とかさ。どれも接続されているし、使う時だってある。それら 4~6 種をすべて同時に使うことだってあるよ。どれもすぐに使える設定になってる。たまにタイム値をいじることはあるけどね。オリジナルのデジタル・リバーブ機に勝るものはないさ。

ドラムに 6 つものリバーブをかけられるのなら、ボーカルにも同じことができますよね・・・?

ボーカルにはそれ用に一連のディレイを用意しているんだ。オレがボーカルに使うディレイは 6 つで、スラップタイムの異なる 4 つのチャンネルをパッケージで使って、それからボーカルを重ねて、次にリバーブだ。

1176 や LA3A 以外にも、あなたが常に使っているアウトボードはありますか? Pultec とかでしょうか。

Pultec 2 台はいつも挿さってるね。それにディレイとリバーブもいつもセンドに送られている。それをどれぐらいのレベルでリターンするかの調節だけだ。振り返ってみると、コンプを 3 台しか使ってない曲があったり、逆に 23 ものコンプを使ってるものがあったり、リバーブ 8 種類を全部使ってたりと、すべて楽曲次第なんだよ。これだけフェーダーが用意されていれば、ここにリバーブ、こっちにディレイという風に味付けするだけなんだ。質感を加えてやるだけさ。副料理長みたいなもんだな!(笑)

最近使ってみたいと思うような新しい機材には巡り会いましたか?リリースされたばかりの EQ とか。

コンプレッサーに関して言えば、Shadow Hills が新しいのを出したんだ。オレも使ってるよ。彼らのマスタリング・コンプレッサーと 500 シリーズのコンプレッサーだ。Steve Firlotte が自身の Inward Connections からコンプレッサーを出したね。オレも最新の FET を使わせてもらってるよ。オレはうちの技術者と一緒に 1176 を自分で組み立てたことがあるほどなんだ。一番良く使ってるのは Retro の 176 だね。最新のチューブリミッター製品なんだが、素晴らしいよ。

Vac-Rac はいかがですか?

あぁ、Vac-Rac はかなり新しいね。オレは新しいのと古いのを使ってる。もちろん最新のディレイやリバーブも使ってるよ。Line6『EchoPro』なんかはまだ比較的新しい方だし、TC のリバーブなんかも新しいよね。

あなたはミックス・バスにコンプや EQ を挿入するのですか?

君のミックスは君のミックスだ。コンプは搭載されているから、それを無理に取り外す必要はないし、オレもそれほどコンプは強くかけない。バスには Shadow Hills のマスタリング・コンプレッサーか、オリジナルの Forusrite Red 3 だね。シリアルナンバーが少ない初期型のヤツだ。新しいものとは音が違うんだ。EQ に関しては、マスタリング用の Pultec をミックスバスに挿して、ミックス音源が真空管とトランスを経由するようにしている。

ミックス音源のプリントはどのように?コンバータ経由で ProTools に書き込むのでしょうか。いくつぐらいのバージョンを作るのですか?

いつも 6 セットだよ。プリントには Apogee の Symphony を 192kHz で使っている。

ということは、メインミックスもプレイバックもインストもすべてあなたが・・・

マスターミックスをやってボーカルを乗せ、TV 向けの BGM を作って楽器を録って、リードボーカルをアカペラで録って、その後コーラスをアカペラで録って・・・それから、もしシングル用エディットが必要なら、それを 6 バージョン作っておくんだ。ロング・エディットがあれば、それも 6 バージョン必要だ。クリーン・エディットなら、それにも 6 バージョン。すべて 6 バージョンずつだ。そうしておくと、アーティストには、どんな環境にでも対応する TV 用の音源を手渡せる。

芸術的、人間的視点

次にプロデューサー達との関係について訊かせてください。あなたはドン・ギルモアと良く一緒に仕事をされているようですが、他にもあなたが良く一緒に仕事をするプロデューサーはいますか?

それじゃ名前を挙げていこうじゃないか。オレが良くミックスを担当するプロデューサーは、ハワード・ベンソン。彼とは少なくとも 100 枚のレコードを一緒に作ったね。98 年以来一緒に仕事をしている。いや、それじゃ足りないかもな。そのうちスタッフに数えてもらおうと思ってるんだ。1500~2000 曲はいくかもしれないな。もう一人のクライアントは、今 Warner Bros. を担当しているロブ・カヴァロだ。80 年代から彼のプロダクションをミキシングしてきている。彼はグリーン・デイやシャインダウンをプロデュースしてるね。他にも、グー・グー・ドールズやデイヴ・マシューズ・バンドなんかも手掛けている。彼がハワードに次ぐ二番目のクライアントだ。次いでドン・ギルモア、マット・サーレティック、ジョン・フィールズ、リック・ルービンなんかが続く。 飛ばした名前もあると思うけれど、はっきりさせておきたいのは、オレにとってのキーパーソンは、ハワード、そしてロブの二人だということ。バイロン・ギャリモアとはもう 10 年に渡ってカントリー・レコードを作ってきた。いつどこで何をやろうと、そこには必ず忠誠心とアティチュードがあるんだ。

ミキシング・エンジニア、もしくはそれを目指している生徒にアドバイスはありますか?

アドバイスは、君がバンド、もしくはプロデューサーとどう付き合うかで仕事が決まる、ってことだね。君がバンドやプロデューサーと付き合いがあり、彼らが君の仕事に満足して、いつも君にお願いしたいと思っていない限り、君には肩書きがないも同然だ。それによって君が何者かが決まるんだから。バンド、プロデューサー、そしてレコード会社が君にミキシングを頼み、彼らがその結果に満足して初めて自分をミキサーだと考えても良いんじゃないかな。

業界の進化をどのように捉えていますか?レコード業界も危機的状況ですし、どの国でもそれは一緒です。レコード作りにおける進化と、今現在、音楽を売るということに関して、どうお考えですか?

オレは今を新境地だと考えている。人々は、なにがあろうと、今だに音楽を欲しているんだ。我々は彼らに(その音楽に対して)ただお金を払って欲しいだけなんだよ。しかし彼らは今までとは異なる方法でお金を払っている。どうすればうまく行くか、我々ももっと創造性豊かにならないといけない。どうすればより効率的にできるか。何が言いたいかというと、バンドは音楽をやりたいし、そしてレコードを作りたい、そしてそれをミックスするのに君を必要としてる訳だ。これからも音楽を買ってくれる人はいるだろう、ただ彼らが音楽を盗み始めないように我々は気を付けないといけないんだ。(音楽は)今まで以上にエキサイティングなものになってると思うしね。

それは非常に前向きな視点ですね。

みんなただ単に悲観的なだけなんだよ。それが君自身の姿勢って訳さ。もし悲観的になりたいんだったら、他の業界で働けば良いんだ。オレに関して言えば、音楽はどんどん良くなっていくし、自分自身もまた前向きになってそれを成功させないといけない。

最後に

アルバム制作に関するあなたにとって最高の思い出は?

最高の思い出は自分がプロデュースしたレコードに関してだろうね。どれが最高とは言えないけれど、どれもお気に入りの思い出だよ。よく笑った覚えがあるのは、ティナ・ターナーとかジョン・マイルズ、リック・プライスとかジョー・コッカーなどの作品をプロデュースした時だね。プロデューサーとして、アーティストと一緒にラフミックスの最終調整をするんだけど、あれは本当に楽しかったね。自分でも作品で演奏していたり、自分がまさにその作品をプロデュースしてるって考えると余計にね。それが売れると興奮するんだ。自分でプロデュースしていないものをミックスした時より遥かにね。それともちろん『American Idiot』を手掛けた時だね、あれはあっという間だった。曲もとても良かったし興奮したよ。最初はそれに気がついていなかったんだけど。しかし一番の思い出はやはり自分がプロデュースした時だな。自分がプロデューサーだからその分賭けも大きいのさ。人間的にも、君自身がアーティストの立場からその作品の一翼を担っていると、他人の作品をただミックスする時よりも遥かに多くの「血」が作品に宿るんだ。

この仕事の 60~70% は人間的な側面にあると?

100% だよ。これはビジネスなんかじゃまったくない。これは個人的かつ感情的なもので、君の心が楽曲を好きにならなければ、そのまま車で家に帰った方がマシなんだ。君自身がその音楽に感情的に惹かれていなければやる意味がないんだ。

ミキシングに関する最悪の思い出は?

バンド名は言わないけれど、最悪の瞬間があったことは間違いない。バンドのメンバーと大げんかしたことがあったんだ。オレの仕事に誰も賛同してくれないんだよ。メンバーもそれぞれ部屋を出て行って、まったく違うアイディアを持ってまた戻ってくるんだ。バンドとうまく付き合えないと本当に難しい状況になる。バンドが解散寸前だったり、バンド内がごちゃごちゃしていたり、オレの腕をまったく信用していなかったりって例がいくつかあったな。でも原因は自分じゃなくて彼らにあるんだよ。だから難しいんだ。オレが今までミックスした最高の作品の数多くは、スタジオにオレ以外誰もいない時に手掛けたものなんだ。 バンドはミックスが終わる頃スタジオに聴きにくる方が良いんだ。彼らがスタジオにやって来て、ああでもないこうでもないと始まると、君がミックス時に楽曲に加えたマジックも台無しになってしまう可能性がある。

一緒に仕事をしてみたいアーティストはいますか?またその理由は?

オレはポール・マッカートニーと一緒に仕事にしたいし、コールドプレイとも一緒にやりたい。U2 のフルアルバムもミックスしてみたい。昔やったみたいに数曲だけ、っていうんじゃなくてね。バンドと一緒にスタジオにいたいね。メンバーが全員揃っている中で最新のストーンズ作品のミックスもやりたいな。大物達がまだこうして作品を作っているうちに彼らを射止めておきたいんだ。ロックンロールの伝説を築き上げた人たちと是非一緒に仕事をしてみたいよ。もちろんミューズとかフー・ファイターズとかその他の新しいバンドとも仕事をしたいさ、でもまだ彼らには時間がある。オレは、もう若くない連中がまだ動いているうちに彼らと一緒に何かやりたいんだ。そのチャンスがまだあるうちにね。

あなたが大好きなアーティストの作品を手掛けることができると仮定します。彼らの要望は「最低限の機材で頼む」。機材をたった 5 つだけ選ぶとすれば、どれを選びますか?またその理由は?

5 つしか機材を選べないんだったら、まずお気に入りのヴォーカル・リミッター、ヴォーカル・リバーブ、ドラム・リバーブ・・・まだ 3 つか・・・

具体的にはどれですか?

Urei の『1176』青ストライプ、オリジナルの『EMT246』、Sony『DRE 2000』、バス挿入用に『Pultec』2 台、それに Focusrite『Red』かな。Pultec はペアで一つだからな。

それはずるいですよ!(笑)

あれはペアで一つなんだよ。この 5 台がラックにあればオレはどこにでも行けるね!

最後に、音楽に関するお気に入りの格言はありますか?

俺たちが良くスタジオで言ってるのは、「家庭では真似しないでください。」だね!(笑)このスタジオにあるものは、家庭ではうまく使えないよ。ちゃんとした施設、音の殿堂で使用されるために設計されてるんだから。ガレージじゃダメさ。少なくともオレはそう思うね!

(これは 2012 年 3 月 13 日に Audiofanzine 英語版に記載された記事の日本語訳です。)

 


インタビュー:Bootz (www.lesliensduson.com) 写真:Brian Petersen


Chris Lord Alge、Waves および Audiofanzine が共同でソングコンテストを開催中: